2006年10月 9日 (月)

10月8日(日)

今日は、長崎くんちの中日。毎年家族で出かけるのであるが、さすがに今年は家でじっとしていた。昨夜の夜中に一応御旅所だけはお参りしたので、神頼みはできた。その内容は、単純にこの病気が完治するようにというものであった。隣で長い間手を合わせていた妻もきっと同じ願いをしていたに違いない。夕方には福岡から妹家族も私のお見舞いにかけつけてくれた。嬉しい限りである。

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2006年10月 8日 (日)

精巣腫瘍入院記

昨年,精巣腫瘍で入院し,左睾丸を摘出しました。退院後,定期的に検査をしておりましたが,今月になってリンパ節転移と診断されました。昨年は,自分のホームページで入院している時の日記を公開しましたが,今回はブログで挑戦してみようと思います。

昨年の精巣腫瘍入院記をご覧になりたい方は,私のホームページhttp://www1.cncm.ne.jp/~su-be/をご覧ください。

10月2日(月)

 9月中に行く予定だった定期健診に今日行った。毎回同じように繰り返される血液検査と医師の「異常ありません。」の言葉しか頭の中になかった私にとって,「腫瘍マーカーの数値が上がっています。すぐにCTをしましょう。」の医師の言葉を聞いたとき,それが何を意味するものであるか,しばらくの間理解に苦しんだ。
 結局,CTの結果からもリンパ節転移に間違いないと診断され,明後日から入院することになった。家族,特に妻と母はかなりのショックを受けていた。また,心配をかけることになり,本当に申し訳なく思う。当の本人は,今日と明日で仕事を済ませることができるかが何よりも心配である。自覚症状がない分,再発の実感が湧かないというのが本音である。
 前回の入院記の最後に「この日記が,今後綴られることがないことがないことを心から願いながら,筆を置こうと思う。」と記していたにもかかわらず,今日からまた続きを書くことになって残念に思う。

10月3日(火)

 職場の仲間も,教え子たちも私が明日から入院することを知り,驚いていた。みんなから心配されることで,やっと自分が病気なんだと自覚するようになった。教え子たちからは早速20通ほどお見舞いのお手紙をもらった。教師としてこれほどうれしいことはない。
 私が今できる仕事は何とか終わった。あとは仕事のことを考えずに,のんびりしようと思う。親族からもたくさんの励ましの言葉をもらい,みんなが私のことを心から心配してくれていると実感した。感謝の心を忘れないようにしなければ…。
 我が家の子どもたちも心配してくれているようである。私は,「お母さんやおじいちゃん,おばあちゃんの言うことをよく聞きなさい。」の言葉しか思いつかなかった。

10月4日(水)

 朝から墓参りを済まし,10時には入院した。昨年入院した時と同じ病棟で顔見知りの看護士さんもいて,何の戸惑いもなかった。ただ右手首にID番号,生年月日,氏名,バーコードのついた腕輪のようなものを巻かれ,自分が商品になったような気がして,多少いやな気がした。
 今日は,レントゲンと心電図検査のみであった。今のところ元気なので,のんびり本を読んだり,テレビを見たりして気楽に過ごしている。

10月5日(木)

 病院最初の夜もぐっすり眠ることができた。いつでもどこでも熟睡できる自分の体に感謝したい。
 今日は早朝に血液検査(午前6時前にベッドまで採血に来る),午後から腎臓の造影剤を使ったレントゲン撮影があった。検査後に昼食を食べたが,妻が持ってきたサンドイッチと病院から出た軽食と全部食べてしまった。どうせ治療が始まって痩せるのなら,今のうちにたくさん食べて,太っておこうという考えだ。

10月6日(金)

 今日は,股間の動脈から採血された。特に痛みが強かったので,今後の点滴等が思いやられる。やはり,体に針を刺されるのは,何度やられてもいやなものである。あとは,肺活量の検査があった。平均値の120%ほどあるという結果が出て,少しうれしい気持ちになった。

10月7日(土)

 今日から3日間,何の検査も何の治療もない。ということで,今日の夕方から外泊の許可をもらって自宅で気分転換をする予定である。その間にお見舞いに来てくれる人がいるかもしれないが,治療が始まったら,なかなか外泊もできないようなので,元気なうちはなるべく週末は外泊したいと思っている。

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